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システム開発裁判例1:履行補助者への不法行為責任の追及ーユーザーから下請ベンダーへの不法行為責任追及ー

 

Q.システム開発をお願いしていた取引先が一向にシステムを完成させてくれません。今後の関係性もあるので、取引先自身には請求したくはないのですが、下請ベンダーを使っていたようなので、そちらに損害賠償請求をしたいです。可能でしょうか?

A.当該下請ベンダーに対して、不法行為に基づく損害賠償請求をする余地もありますが、原則的には直接取引関係のある元請ベンダーとの間で解決することが求められており、下請ベンダーへの請求を認めてもらうためのハードルは高いのが現状です。

したがって、システム開発契約を締結する際に、適切な損害賠償ができる内容となっているかどうか、プロジェクト進行中の記録の管理に注意する必要があります。

紹介裁判例

・東京地判平成30年10月19日ウェストロー・ジャパン

 

 

第1 問題の所在

 損害賠償を請求する際には、民法に基づいて請求をすることが多く、これはシステム開発紛争の場合も同様です。民法上の損害賠償請求の根拠は大きく2つあり、

 

1 請求先との間に存在する契約上予定された義務を履行しなかったことを理由とする損害賠償請求(民法415条)

2 請求先との間に契約等の特別な関係はないけれども、相手方の故意・過失行為により、自らの権利利益が侵害されたことにより被った損害の賠償を求める不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)

があります(信義則に関する請求は2に含めます。)。

 

 システム開発を行う場合には、ユーザーとベンダーとでシステム開発契約を締結することが一般的ですので、紛争に発展した際にも、当該ベンダーとの間で契約に基づいて請求をすることが一般的です(上記1による解決)。もっとも、それでは、 2 はどのような場面で活用するのでしょうか。

 

 過去問題となった事例では、

① ユーザーがシステム開発をベンダーに依頼したところ、当該システムベンダーが、下請会社に業務を外注したが、当該下請会社がシステム開発を頓挫させたため、ユーザーが、当該下請会社に対して直接損害賠償を請求した事例(下請事例)

 

② 子会社が利用するためのシステム開発に関して、その親会社がベンダーとの間で契約を締結したが、システム開発が頓挫したため、当該子会社自身が被った損害を、ベンダーに対して請求した事例(子会社事例)

 

③ ユーザーとベンダーとの間にシステム開発契約は存在するが、契約書で明示的に定められていなかった義務を問題として、損害賠償を請求した事例(PM事例)

 

④ 契約締結に向けて当事者双方が交渉していたが、一方当事者に不利なタイミングで交渉が破棄されて契約に至らなかった場合に、それまでの投下費用の損害賠償を請求した事案(契約締結上の過失責任事例)

の4類型がありますが、本記事では①を説明します。

 

第2 東京地判平成30年10月19日ウェストロー・ジャパン

1 事案の概要

 宗教法人だった原告が、被告会社が構築した映像配信システム(以下「本件システム」)が使用に耐えないものであり他の業者に改めてシステム構築を依頼することを余儀なくされたとして、被告会社に対し、不法行為に基づき損害賠償を求めた事案です。

 本件で特殊だったのは、原告が本件システムの開発契約を締結していたのは、被告会社とは別会社であり、被告会社は、当該別会社から再委託を受けた下請業者に過ぎなかったという点です(ちなみに、開発契約の直接の相手方は、KDDI株式会社でした。当初は原告と被告との間でシステム構築の話が進んでいたようですが、「長期的なシステム保守の可能性等を考慮し」て、間にKDDIを入れることとなったようです。)。

 

2 裁判所の判断

 裁判所は、以下のとおり判示し、不法行為に基づき直接請求できる場合がありうることを認めつつ、結論としては、原告の請求を棄却しました。

 

「 被告は,原告との間で本件システムの構築についての契約(本件契約)を締結していたのはKDDIであって,被告は,KDDIの下請にすぎないから,被告は原告に対し本件システムについて何らの注意義務も負わない旨主張する。

  確かに,被告は,KDDIに対し,KDDIとの契約の内容に従って成果物を完成させるべき義務を負っていたにとどまり,原告に対し本件システムを瑕疵のないものとして完成させる義務を負っていたものではない(また,原告が主張するような信義則上の義務についても,基本的には契約関係から生ずる義務であるというべきであり,被告が原告に対して負うものと解することはできない。)。したがって,仮に,被告が完成させた本件システムがKDDIと原告との間の本件契約の内容に適合しないもの(すなわち瑕疵があるもの)であったとしても,そのことがKDDIに対する契約上の義務違反となることがあるのは格別,そのことをもって直ちに原告に対する何らかの法的義務の違反を構成するものということはできない。しかしながら,前記前提となる事実によれば,本件システムは被告が原告に対し導入を提案したシステムであり,被告は,KDDIとの契約に基づくものとはいえ,原告に納入することを目的として本件システムの構築を行ったのであるから,このような事情の下では,システム開発業者である被告としては,信義則上,本件システムの使用者である原告に対しても,およそ原告の使用に耐えないような重大な欠陥のある目的物を製作してはならない義務を負っていたと解するのが相当であり,かかる義務に故意又は過失により違反して重大な欠陥のある目的物を納入し,これにより原告に損害を与えた場合には,原告に対し不法行為責任を負うものと解するのが相当である。

  また,被告が,本件システムに欠陥があることを認識しながら,あるいは容易に認識することができたのに,あえてこれをKDDI又は原告に告げずにシステム構築を継続した場合にも,原告に対する不法行為を構成する余地があるというべきである。」

 

第3 検討

1 裁判所の判断のポイント

裁判所の判旨のうち抑えておくべきポイントとしては、

⑴ 納品されたシステムに不備があったとしても、それはあくまで当該システム開発契約の当事者間で問題となるのが原則であって、元受けベンダーと契約を締結して当該システムの開発に携わった下請ベンダーが、直ちにユーザーに対する法的義務違反を問われるものではない。

⑵ ただし、例外的に、当該システムが、下請業者自らユーザーに対して導入を提案したものであって、ユーザーに納入することを目的としてシステムの構築を行っていたという事実関係の下では、下請業者も、「信義則上」、ユーザーに対し、「本件システムの使用者である原告に対しても,およそ原告の使用に耐えないような重大な欠陥のある目的物を製作してはならない義務」を負う。

⑶ 加えて、下請業者が,当該システムに欠陥があることを認識しながら,あるいは容易に認識することができたのに,あえてこれを元請ベンダー又はユーザーに告げずにシステム構築を継続した場合にも、下請業者は不法行為責任を負いうる。

 

の3点です。

 

2 ⑴原則論について

  法律家からすれば当然の感覚かと思いますが、今回のように

 ユーザー ― 元請ベンダー ―下請ベンダー 

と契約関係が連鎖している場合には、第一次的には契約関係の清算によって解決が図られるべき、という原則を確認しています。

 これは、不当利得論や姉歯建築士事件(最判平成19年7月6日民集61・5・1769など)でも問題視される点を確認したものと思われます。

 

 履行補助者論ないしは使用者責任は、履行補助者又は被用者の行為を、債務者、又は使用者に帰責するための論理ですが、本件ではその逆、すなわち契約内容の実現に一定は関与しているものの、直接の契約関係にない者に対して責任追及をすることが問題となっています。

 

3 ⑵信義則上の義務について

 もっとも、⑴の原則にも例外は認められてしかるべきであり、本件では、①下請業者自らがユーザーに対して本件システムの導入を提案していたこと、②ユーザーに納入することを目的として本件システムの開発を行っていたこと の2点をもとに、「本件システムの使用者である原告に対しても,およそ原告の使用に耐えないような重大な欠陥のある目的物を製作してはならない義務」を課しています。

 

 ここで、②は、システムを開発する以上、何者かが使用することが予定されていることは当然ですから、あまり重要ではなく、信義則上の義務を認めるうえで重要なのは、①の方であると考えます。

 注意すべきは、本件で認定されている事実関係によれば、本件の下請業者は、ユーザーとのファーストコンタクトから約半年の間に、ユーザーに対して6次にわたる提案書の提出を行っていたという事実が認定されています。そのため、下請業者からユーザーに対してシステムの導入提案があった、ということを認定してもらうには、相当しつこい提案があったことが必要となると考えられますので、注意が必要です。

 そのうえで、下請業者に課される義務は、「およそ原告の使用に耐えないような重大な欠陥のある目的物を製作してはならない義務」とかなり緩い行為義務であると言わざるを得ません。

 

 したがって、上記信義則上の義務違反が認められるのは、かなりしつこく下請業者からシステム導入の提案を受けてシステムを導入することになったが、出来上がったのは全くのゴミシステムだった、というようなかなり限定的な場面に限られるかと思います

 

4 ⑶その他不法行為責任が生じうる場面

 上記事案では、「本件システムに欠陥があることを認識しながら,あるいは容易に認識することができたのに,あえてこれをKDDI又は原告(筆者注:元請ベンダー又はユーザー)に告げずにシステム構築を継続した場合」にも、下請業者が、ユーザーに対して直接不法行為責任を負いうることが示されています。

 原告が信義則上のプロジェクトマネジメント義務違反のような主張をしていたため、これに対応する判断と思われます。もっとも、判旨の上では上記信義則上の義務とは分けたうえで論じているため、裁判所は信義則とは別の根拠に基づき検討しているのかもしれません。

 

第4 最後に

 以上のとおり、ユーザーが、システム開発の下請ベンダーに直接損害賠償を請求することはかなり厳しい状態ですので、ユーザーとしては、万一の事態において元請ベンダーに適切な損害賠償請求ができるよう、適切な契約書(免責条項・賠償制限条項は要チェック!)を事前に必ず作成し、かつプロジェクト進行中のやり取りについての記録も残しておくことが望ましいです。

 

 

にしても、なぜこの事件の原告はKDDIに請求しなかったのかはやっぱり気になります・・・