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著作権裁判例2:著作物利用とフェアユース

Q.ある著作物を利用したいのですが、弁護士に聞いても、著作権法上適法に利用できる場面ではないとして、著作権者の許諾を得られないのであれば、利用を控えるように言われてしまいました。しかし、誰が作ったのかも分からない著作物で、著作者を特定するのは不可能です。それでもどうしても使いたいのですが、何とかならないのでしょうか?

A.事実関係によっては、権利濫用という一般法理により、著作権利用が認められる場合があります。もっとも、事前に見通しを立てることは困難なので、権利濫用に頼ることは、あまりお勧めはしません。

紹介裁判例・論文

・東京地判令和3年4月14日裁判所ウェブサイト

知財高判令和3年12月22日裁判所ウェブサイト

 

 

第1 問題の所在

本件は、刑事弁護人として著名なYが、自ら運営するブログにまつわる紛争です。事案の概要自体は、率直に感想を述べればしょうもないと感じる部分もなくはないですが、一般的な考慮要素を用いて権利濫用の抗弁を認めており、学術的にはとても面白い内容となっているため、検討します。

(参考)原審判決後の報道:

https://www.sankei.com/article/20210414-QUOK3INLVFKSFPW3ZS2QU6MXUA/ 

 

第2 裁判所の判断

 1 事案の概要

本件は,原告から懲戒請求(以下「本件懲戒請求」という。)を受けた弁護士であるYが自らのブログ上に掲載した,原告の主張に対する反論を内容とする各ブログ記事(「本件記事1」、「本件記事2」の2つ。)に関し,①Yが原告の氏名を明示して本件記事1及び2を掲載したことが原告のプライバシー権を侵害するとともに,原告の氏名が請求人として記載された懲戒請求書(以下「本件懲戒請求書」という。)をPDFファイルに複製し,インターネットにアップロードした上,本件記事1内に同ファイルへのリンク(以下「本件リンク」という。)を張った行為が,著作権公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)を侵害するとして、原告が,Yに対し,本件記事1(本件リンク先のPDFファイルを含む。)及び本件記事2の削除を求めるとともに,損害賠償を求めた事案です(著作権侵害幇助に関する別請求も併合されていますが、今回は割愛します。)。

被告Yは、⑴本件懲戒請求書がそもそも著作物に当たらない、⑵(公表権侵害に関し)既に原告自身によって公表されているため、同権利侵害はない、⑶(公衆送信権侵害に関し)引用利用の権利制限が適用される(著作権法32条)、⑷(著作権法上の請求に関し)原告の請求は権利濫用に当たる、⑸Yの行為によるXに生じた損害はない、⑹プライバシー権侵害はない等主張して、原告の請求を全面的に争いました。

 

 2 裁判所の判断

⑴    本件懲戒請求書の著作物該当性(著作権法第2条1項1号)

原審は本件懲戒請求書の著作物性を認め、控訴審もそれを前提に判断をしています。原審の判断は、概ね以下のとおりです。

「本件懲戒請求書は,…原告が,第二東京弁護士会に対し,弁護士であるYにはAの出国及びブログ記事における発言について弁護士法56条の懲戒事由があるとして,同法58条1項に基づき懲戒の請求をするために提出した文書である。

本件懲戒請求書の構成,内容等をみると,同請求書は,懲戒請求書である旨の表示,請求の日付,請求の宛先,請求者の氏名,対象弁護士の氏名,懲戒請求の趣旨,懲戒請求の理由などが記載され,その中には懲戒請求書という文書の性質上,当然に記載すべき定型的な事項も含まれる。

しかし,懲戒請求の理由については,その内容が一義的かつ形式的に定まるものではなく,その構成においても様々な選択肢があり得るところ,本件懲戒請求書は,本件記事1及び2の一部の引用及びこれに対する評価,他の弁護士に対する懲戒請求の理由の引用,Yに対する懲戒理由の説明並びに結論から構成されるものであり,その構成や論旨の展開には作成者である原告の工夫が見られ,その個性が表出しているということができる。

また,懲戒請求の理由における記載内容についても,本件懲戒請求書には単に懲戒理由となる事実関係が記載されているにとどまらず,弁護人には被告人の管理監督義務があるという自らの解釈,弁護人の関与なしに被告人が逃亡し得るのかという自らの疑問,Yの発言が長期拘留を助長するという自らの意見,綱紀委員会の調査を求める事項などが70行(1行35文字)にわたり記載されており,その表現内容・方法等には作成者である原告の個性が発揮されているということができる。

そうすると,本件懲戒請求書は,原告の思想又は感情を創作的に表現したものであって,著作権法2条1項1号に規定する「著作物」に該当するというべきである。」

 

⑵    公表権侵害の有無(著作権法第18条1項)

原審は、被告らの公表権侵害を認め、控訴審もその判断を前提に判断を下しました。

ア 弁護士会への提出による公表の有無

被告らは、本件懲戒請求書が弁護士会へ提出されたことにより、「発行」され、又は「上演、演奏、上映、公衆送信、後述若しくは展示の方法で公衆に提示」されたものであるから、既に「公表」されたものである(著作権法第4条1項)として公表権侵害を争いました。しかし、原審は、概ね以下のとおり判示し、被告の主張を認めず、公表権侵害を認めました。

「…本件懲戒請求書が第二東京弁護士会に提出されたとしても,同請求書は同弁護士会における非公開の懲戒手続に使用されるにすぎず,その手続の性質上,同請求書にアクセスすることができるのは,同手続に関与する同弁護士会の関係者に限られると解するのが相当である。そうすると,その提出をもって,本件懲戒請求書が「発行」(同法3条)され,又は,「上演,演奏,上映,公衆送信,口述若しくは展示の方法で公衆に提示」されたということはできない。

被告らは,第二東京弁護士会の綱紀委員会の委員は約100名に上り,その他の弁護士会の職員も懲戒請求書を随時閲覧することになるので,懲戒請求書が同弁護士会に提出されると,必然的に多数の関係者の目に触れることになると指摘する。

しかし,綱紀委員会規則によれば,同委員会においては,7名以上の部会員からなる部会による議決手続や1人又は数人の主査委員により調査手続が行われると定められており,本件の懲戒手続に関与しない綱紀委員会の委員や弁護士会職員が本件懲戒請求書を広く閲読することが当然に予定されていると考えることもできない。

これらの手続において,本件懲戒請求書の複製物が作成されることは想定されるとしても,「発行」とは「公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数の複製物」(著作権法3条1項)が権利者の許諾を得るなどして作成・頒布されることをいうところ,本件懲戒請求書は,その手続の性質上「公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数の複製物」を作成・頒布することを当然に予定するものではなく,また,そのような事実も認められない。

また,被告らは,懲戒請求の審査手続が公開され得るものであることなども指摘する。しかし,審査手続が公開されたとして,それをもって,当該手続に係る懲戒請求書が「公表」されたということはできず,懲戒処分に対する取消しの訴えが提起された場合も同様である。

したがって,弁護士会に対する本件懲戒請求書の提出行為が,著作権法4条にいう「公表」に当たるということはできない。」

 

イ 本件懲戒請求書の内容について報道がなされていたことによる公表の有無

被告らは,本件懲戒請求書は原告により産経新聞社に提供され,その重要な一部が記事(「本件産経記事」)として報道されたのであるから,同請求書は「公表」されたものとして公表権侵害を争いました。しかし、原審は、概ね以下のとおり判示し、被告の主張を認めず、公表権侵害を認めました。

「 本件産経記事は,…本件懲戒請求書の「懲戒請求の理由」の第3段落全体(4行)を,その用語や文末を若干変えるなどした上で,かぎ括弧付きで引用しており,証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,原告は,産経新聞社に対し,Yの氏名に関する情報を含め,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供したと推認することができ,これを覆すに足りる証拠はない。

しかし,本件産経記事で引用されたのは,本件懲戒請求書のごく一部にとどまり,…当該引用部分が本件懲戒請求書の主要な部分であるということもできないことに照らすと,本件産経記事における上記引用によって,本件懲戒請求書が公表されたということはできない。」

 

⑶    著作権法32条1項の適用の有無

本件懲戒請求書が公表されていなかったため、原審・控訴審ともに引用利用の適用を否定しました。

(※原審は、その余の要件についても検討を行い、主従関係性と明瞭区別性は、「引用であること」の要件として位置づけています。)

⑷    権利濫用の主張の当否

原審と控訴審とで、公衆送信権侵害に関する判断が分かれました。

ア 公衆送信権侵害の主張に関して

原審と控訴審の認定・結論を整理すると、以下のとおりです。

 

濫用性+

濫用性―

結論

原審

l  本件懲戒請求は,原告とYの間の私的紛争ではなく,公益的な性質を有するものであるということができる。

l  本件懲戒請求の後,産経新聞に「Y弁護士にも懲戒請求 A被告逃亡肯定「品位に反する」」と題する記事(本件産経記事)が掲載され,本件懲戒請求書の一部が引用されて紹介されているところ,前記判示のとおり,同記事は,原告が,同新聞社にYの氏名とともに,本件懲戒請求書に関する情報を提供したことに起因して掲載されたものと推認される。

l  本件記事1は,本件懲戒請求に対する反論を内容とするものであるが,Yが本件記事1を公衆のアクセス可能なブログに掲載するに至ったのは,本件産経記事によりYに対する懲戒請求がされたことが広く報道され,公に知られることになったことが原因であると考えられる。その意味では,原告がマスコミに対して上記の情報提供行為をすることにより自らの著作物に対する権利侵害を招来したという面があることは否定し得ない。

l  弁護士に対する懲戒は,懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけでも,その請求を受けた弁護士の業務上の信用や社会的信用に大きな影響を及ぼす

l  Yに対する懲戒請求がされたことは本件産経記事により公衆の知るところになったのであるから,同被告が,公衆のアクセス可能なブログに反論文を掲載するという方法・態様により自らの信用・名誉の回復を図ることは,前記判示のとおり,当然に許容されるというべきである。

l  本件記事1には,原告による懲戒請求の理由の要旨が記載され,同記事にアクセスした人は,こうした記載により原告の主張を十分に理解することができたのであり,Yが本件懲戒請求書の全体を引用する必要性はなく,仮に,これを引用するとしても弁明書に摘示された部分のみを引用することで足りたものというべきである。

l  原告が他者による本件懲戒請求書の公衆送信を許容していたことをうかがわせる事情はない

 

濫用なし

控訴審

公衆送信権により保護されるべき原告の利益がそもそもそれほど大きくなく、原告自身の行動により、相当程度減少していたこと

l  本件懲戒請求書の性質・内容

l  原告自身の行動及びその影響

l  保護されるべき一審原告の利益

Yが本件記事1を作成,公表し,リンクを張ることについて,その目的は正当であったこと

l  本件記事1の目的

l  本件記事1の必要性

リンクによる引用の態様の相当性が認められること

l  全部引用の必要性(恣意性の排除)

l  開示方法への工夫

l  引用であること(明瞭区別・主従関係)

 

濫用あり

理由

一審原告が本件懲戒請求書に関して有する,公衆送信権により保護されるべき財産的利益,公表権により保護されるべき人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自身の行動により,相当程度減少していたこと,本件記事1を作成,公表し,本件リンクを張ることについて,その目的は正当であったこと,本件リンクによる引用の態様は,本件事案における個別的な事情のもとにおいては,本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったことを総合考慮すると,一審原告の一審被告Yに対する公衆送信権及び公表権に基づく権利行使は,権利濫用に当たり,許されないものと認めるのが相当である。

 

イ 公表権侵害の主張に関して

原審と控訴審の認定・結論を整理すると、以下のとおりです。

 

濫用性+

濫用性―

結論

原審

l  本件懲戒請求は,原告とYの間の私的紛争ではなく,公益的な性質を有するものであるということができる。

l  本件懲戒請求の後,産経新聞に「Y弁護士にも懲戒請求 A被告逃亡肯定「品位に反する」」と題する記事(本件産経記事)が掲載され,本件懲戒請求書の一部が引用されて紹介されているところ,前記判示のとおり,同記事は,原告が,同新聞社にYの氏名とともに,本件懲戒請求書に関する情報を提供したことに起因して掲載されたものと推認される。

l  本件記事1は,本件懲戒請求に対する反論を内容とするものであるが,Yが本件記事1を公衆のアクセス可能なブログに掲載するに至ったのは,本件産経記事によりYに対する懲戒請求がされたことが広く報道され,公に知られることになったことが原因であると考えられる。その意味では,原告がマスコミに対して上記の情報提供行為をすることにより自らの著作物に対する権利侵害を招来したという面があることは否定し得ない。

l  弁護士に対する懲戒は,懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけでも,その請求を受けた弁護士の業務上の信用や社会的信用に大きな影響を及ぼす

l  Yに対する懲戒請求がされたことは本件産経記事により公衆の知るところになったのであるから,同被告が,公衆のアクセス可能なブログに反論文を掲載するという方法・態様により自らの信用・名誉の回復を図ることは,前記判示のとおり,当然に許容されるというべきである。

l  本件記事1には,原告による懲戒請求の理由の要旨が記載され,同記事にアクセスした人は,こうした記載により原告の主張を十分に理解することができたのであり,Yが本件懲戒請求書の全体を引用する必要性はなく,仮に,これを引用するとしても弁明書に摘示された部分のみを引用することで足りたものというべきである。

l  原告が他者による本件懲戒請求書の公衆送信を許容していたことをうかがわせる事情はない

 

濫用あり

理由

公表権は未公表の著作物について及ぶところ,本件においては,原告が,本件懲戒請求書を産経新聞社に提供し,その一部が同記事において引用されているとの事実が認められ,本件記事1が掲載された時点で,原告の公表権を保護すべき必要性は相当程度減じていたというべきである。そして,原告が自ら本件懲戒請求書に関する情報を新聞社に提供し,本件産経記事の中で原告の意に沿う部分を引用することを容認していながら,本件懲戒請求の相手方であるYが同請求に反論する一環として同請求書を公開するや,これを公表権侵害であるとして権利行使に及ぶことは権利の濫用に当たるというべきである。

控訴審

公衆送信権侵害に同じ。

濫用あり

 

⑸    損害の有無

原審は、以下のとおり判示し、損害の発生を認めませんでした。

「 以上の検討によれば,Yが本件懲戒請求書のファイルに本件リンクを張った行為について,原告の公衆送信権の侵害が成立することになるところ,同侵害行為により原告に財産的損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。

なお,仮に,原告の公表権に基づく請求が権利の濫用に当たるとしても,前記判示のとおり,原告が,自ら本件懲戒請求書を産経新聞社に提供し,その一部が同記事において引用されていることなどを考慮すると,本件産経記事の掲載後にYが本件懲戒請求書を公表したとしても,それにより原告が法的保護に値する精神的な苦痛を受けたと認めることはできない。」

 

⑹    プライバシー権侵害の有無

原審は、概ね以下のとおり判示し、プライバシー権侵害を否定しました。

「一般に,請求者の氏名に関する情報及び弁護士に対して懲戒請求をしたとの情報は,プライバシーの権利ないし利益として,法的保護に値するというべきであり,弁護士に対する懲戒請求が公益的な性質を有するものであるとしても,懲戒請求の対象弁護士が,相応の事情や経緯もなく,懲戒請求に対する反論を目的として,懲戒手続を通じて知り得た請求者の個人情報をインターネット上でその同意なく公開し,公衆によるアクセスを可能にしたとすれば,プライバシー侵害になり得るものと考えられる。

…しかし,本件においては,前記判示のとおり,原告が,本件懲戒請求後,産経新聞社に対し,Yの氏名も含め,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供し,その結果,本件産経記事において,「東京都内の男性」がYに対して本件懲戒請求をしたことが報道され,また,本件懲戒請求書の一部が引用される形でその理由が紹介されたとの事情が認められる。

原告のこのような行動は,本件懲戒請求の存在を広く公衆に知らしめ,同手続についての公的関心を惹起しようとするものであり,同手続に関心を持った公衆は,当然,その請求者が誰であるかという点にも興味を持つと考えられる。また,非公開手続である本件懲戒手続の対象弁護士の氏名を同意なく公開することは,同手続の請求者である原告自身の氏名等の情報の保護の必要性を減殺する行為であり,懲戒請求の相手方である弁護士の氏名をマスコミに開示し,新聞記事を通じて一般公衆に公表しながら,請求者である自己の氏名についてはこれを公表されたくないと期待することが自然であり,あるいは法的保護に値する正当なものであるということはできない。

以上のとおり,本件における上記の事実関係を踏まえると,本件記事1及び2が掲載された時点において,本件懲戒請求の請求者が原告であるという情報は,他者にみだりに開示されたくないと考えるのが自然なものであるとは評価し得ず,プライバシーの権利又は利益として法的保護に値するものであるということはできない。」

 

第3 検討:権利濫用の抗弁とフェアユース

1 日本の著作権法の規定

日本の著作権法は、個別具体的な権利制限規定を設けるのみであって、一般的な権利制限規定は設けられていません。このような立法状況は、権利侵害の明確性を確保する上では有益ですが、柔軟性に欠け、技術革新の激しい現代においては、柔軟な司法判断が可能となるように、権利制限の一般条項を設けるべきであるとの主張が度々なされてきました。そこで念頭に置かれているのが、アメリ著作権法などで認められているいわゆるフェアユースの抗弁です。

もっとも、日本においてフェアユースの際に著作財産権の権利行使を制限する旨を直接定めた規定は上述のとおりありませんが、規定がないなりに、著作権法32条1項引用利用など、比較的適用範囲の広い規定の柔軟な解釈により、一定は対応されてきていました。 

2 本件の被告らの主張と本件控訴審の判断

被告らは、原審から、権利濫用の成否を検討する上で、米国連邦著作権法が規定するフェアユースの法理を斟酌することを相当として主張し、①(著作物の)使用の目的及び性格、②著作物の性質、③著作物全体との関連における使用された部分の量及び実質、④著作物の潜在的市場又は価値に対する使用の影響のいずれの観点からも、Yによる本件懲戒請求書の利用は著作物の公正利用に該当すること、比較衡量の観点からも、原告の権利侵害の主張が権利濫用に該当することを主張していました。加えて、本件懲戒請求書が原審において未公表の著作物であるとの判断が示された後は、仮に未公表の著作物であっても、著作権法32条1項が適用される旨を正面から主張して争っていました。

このような主張は、フェアユースに関するこれまでの議論に基づき、正面から裁判所に問題を投げかけるものだといえるかと思います。

これに応える形で、控訴審の裁判所は、①本件における原告の保護法益の僅少性、②本件懲戒請求書の利用目的が正当であること、③本件懲戒請求書の利用態様が相当なものであったことを総合考慮し、権利濫用の抗弁を認めました。権利制限規定等が見当たらない場面で、権利濫用によって解決を図る判決は、今までなかったのではないかと思いますので、とても画期的な判決だと思います。

 

3 なぜ権利濫用なのか?

従来の裁判例の立場からすれば、これまでどおり、既存の権利制限規定の柔軟な解釈により対応したかったところなのではないかと思います(だからこそ、被告らも控訴審において、公表要件を満たしていないにもかかわらず、著作権法32条1項の引用利用が認められるという主張をしていたのだろうと思います。)。他方で、今回の事案では、著作財産権(公衆送信権)とともに、著作者人格権(公表権)が問題になっていました。(評判が頗る悪い)著作権法50条が、著作財産権と著作者人格権とが別個独立の権利であることを確認していることを踏まえると、本件は、引用利用を無理やり認めるだけでは、公表権侵害についての問題が残るという事案だったと言えます。だからこそ、そのどちらにも適用可能な権利濫用という理論構成が選択されたのではないかと考えます。

 

4 原審と控訴審公衆送信権侵害における判断が分かれた考えられる理由

原審と控訴審とでは、本件懲戒請求書の全文引用の必要性についての評価が分かれています(原審では、被告自身が作成した反論書の記載と、本件懲戒請求書のうち必要な部分を適宜引用することで足りるとの判断がなされているのに対し、控訴審では、恣意的な引用(「自分に都合のよい部分のみを摘示したのではないかという疑念」)と評価される可能性を排除するため、本件懲戒請求書の全文引用の必要性があったとの判示がなされています。)。個人的には、本件のような利益状況であれば、全文引用の必要性ありと判断する控訴審の判断に賛成ですが、「自分に都合のよい部分のみを摘示したのではないかという疑念」を払しょくするための全部引用という主張は、他の場面でも使いやすい理由となるため、全文引用の必要性については、今後も慎重に判断する必要がありそうです。

また、原審がなぜ公衆送信権侵害のみを認めたのかも気になります。この点、原審は、公表権侵害についてのみ権利濫用を認めた理由として、「原告が,自ら,本件懲戒請求書に関する情報を新聞社に提供し,記事の中でその一部を引用することを容認していたという事情」を考慮し、権利濫用を導いています。推測でしかありませんが、a:公表するか否かという判断と、b:公衆送信を認めるか否かは、人格権か財産権かという違いを除けば、概念的にはaがbを包含する関係にあるように考えられます。そのため、「公表することについてはOKだけど、公衆送信まですることは認めない」という価値判断のもと、原審が判断したのではないかと考えます。