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会社法裁判例3:内部統制システム構築義務3

Q. 弊社は、取引先に委託して商品先物取引をしていたのですが、当該取引先の担当者がずさんであったので、当該取引により弊社に損失が生じました。取引先は、弊社にしたような説明を他社に対しても行っているようで、監督官庁からの処分や、訴訟問題が度々生じています。弊社の被った損失については、当該担当者に対して賠償してもらいたいのはもちろん、取引先の取締役にも責任を取ってもらいたいです。なんとかならないでしょうか。

A. 担当者レベルではもちろん、いわゆる企業不祥事を放置していた取締役に対しては、内部統制システム構築義務違反を理由として、会社法429条の定める、いわゆる第三者責任が認められることがあります。

紹介裁判例・論文

 ・名古屋高判平成25年3月15日判時2189号129頁以下

 

 

第1 問題の所在

引き続き、内部統制システム構築義務違反の裁判例を検討します。今回の事例では、内部統制システム構築義務違反による第三者責任が問題となりました。

 

第2 東京地判令和2年10月13日ウェストロー・ジャパン

 1 事案の概要

   本件は、被控訴人が、控訴人会社に委託して行った商品先物取引において損失を被ったことにつき、控訴人会社の担当従業員らには、適合性原則違反、説明義務違反、新規委託者保護義務違反、断定的判断の提供、一任売買(実質一任売買)、委託者に不利益な取引の勧誘(両建て、無意味な反復売買)、仕切り拒否・回避、無断売買、無敷・薄敷及び迷惑勧誘の違法行為があり、これらは、取締役会の営業方針に従って組織営業として行われた会社ぐるみの不法行為であり、また、控訴人会社の取締役らには、従業員の教育及び顧客との紛争を防止するための管理体制の整備義務違反並びに会社法所定の内部統制システムの構築義務違反があるなどと主張して、控訴人ら及び1審被告C(以下「C」という。)に対し、民法709条、719条による損害賠償請求権(これと選択的に、控訴人会社に対しては民法715条1項、会社法350条及び信託法上の忠実義務違反による損害賠償請求権、控訴人Y1に対しては会社法429条1項、民法715条2項による損害賠償請求権、控訴人Y2、控訴人Y3、控訴人Y4及び控訴人Y5に対しては会社法429条1項による損害賠償請求権)に基づき、連帯して1255万1395円(取引による損失1091万1395円、慰謝料50万円、弁護士費用114万円)及びこれに対する取引終了日の翌日である平成20年2月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 

 2 裁判所の判断

⑴ 控訴人会社の営業担当者による、被控訴人会社への不法行為の存在

    控訴審は、控訴人会社の営業担当者の行為について、被控訴人会社との関係で、説明義務違反、取引継続段階における適合性原則違反等による不法行為責任が認められる旨を判示しました。

  

⑵ ⑴の不法行為につき、控訴人会社役員と営業担当者による共同不法行為の成否

「被控訴人は、控訴人Y1ら5名が、上記の担当従業員らと共に、控訴人会社の取締役会が決定した営業方針に従って、組織的に被控訴人に対する違法行為を実行したものであるとして、被控訴人に対する共同不法行為が成立する旨主張する。

しかし、控訴人会社の取締役会において、違法な取引の勧誘、受託を営業方針としたような事実を認めるに足りる証拠はなく、また、担当従業員らの被控訴人に対する上記不法行為について、控訴人Y1ら5名がこれを具体的に認識、認容していたと認めるに足りる証拠もないから、上記不法行為について控訴人Y1ら5名に被控訴人に対する共同不法行為が成立するということはできない。」

 

⑶ 控訴人会社役員における悪意又は重過失による内部統制システム構築義務違反

ア 控訴人会社における内部統制システムの構築状況

「…証拠によれば、控訴人会社においては、業務に関する準則やマニュアルの制定、従業員に対する研修制度や業務監査制度の導入、主務省及び商品取引所の監査や指導等を受けての業務改善など、法令遵守体制の整備及び紛議防止のための諸施策が実施され、教育管理体制及び内部統制システムの構築がされてきたようにも見受けられる。」

 

イ 控訴人会社に対する監督官庁からの処置・顧客との紛争情報

 

主体

時期

指導及び処置

内容

a

中部通商産業局長

平成8年9月3日

法令違反事項及び業務運営上改善を要する事項の指摘

委託証拠金等の返還遅延(3件)等

b

東通商産業局長

平成11年11月8日

戒告処分

指摘事項は、習熟期間中の委託者を含め、委託証拠金を規定額どおり徴収していないものがあったこと(徴収不足、徴収遅延)であり、その件数は合計22件

c

農林水産大臣

平成14年8月20日

指摘

委託者から委託証拠金を規定額どおり預託を受けないまま建玉をさせていた法令違反が2件

d

日本商品先物取引協会

平成15年11月7日

過怠金300万円の制裁

委託者が公金出納取扱者であることを知りながら、当該委託者の財産に照らして過大な取引を受託していたこと、その取引において委託証拠金が不足する状態を解消しないまま取引を継続させていたことなどを理由として

e

東海農政局長及び中部経済産業局

平成18年1月16日

指摘

適合性の審査が審査項目及び審査実施方法において不適切であったこと、未経験者に設定されるべき投資可能限度額上限の設定がされていなかったこと、投資可能限度額を超えた取引があったことなど

f

日本商品先物取引協会

平成19年7月12日

過怠金2200万円の制裁

上記dの制裁を受けたにもかかわらず、改善が図られていないと認められることなど

g

農林水産省及び経済産業省

平成20年12月5日

商品取引受託業務の停止処分(14営業日)+業務改善命令

今般の法令違反の行為の責任の所在を明確にすること、役職員に対し法令遵守を徹底すると共に、役員が自らの責任において、商品取引事故等の処理及び外務員指導に関する内部管理体制の抜本的な見直しと体制整備を徹底的に行い、不当な勧誘行為等の再発を防止すること、商品市場における取引について顧客に対し不確実な事項について断定的判断を提供し、又は確実であると誤認させることのないよう、適切な勧誘方針を定め、徹底すること、商品取引事故等の発生原因について調査分析すると共に、事故等に関与した役職員に対する適切な処分等指導・管理体制を早急に整備し、再発防止のための措置を講ずること

h

日本商品先物取引協会

平成21年4月28日

譴責の制裁

取引証拠金が不足する状況を解消しないまま取引を継続させ、新たな取引を受託しており、受託契約準則に違反していたと認められることなどを理由として

 

  

ウ 控訴人会社における紛議の状況

(ア)控訴人会社が抱えていた苦情、紛争、訴訟件数の推移

年(度)

件数

平成13年

12件

平成14年

13件

平成15年

15件

平成16年

7件

平成18年度

15件

平成19年度

31件

平成20年度

30件

平成21年度

16件

 

(イ)控訴人会社に関する PIO-NET(全国消費生活情報ネットワーク・システム)情報

全国の消費生活センターに平成16年1月から平成22年12月までの間に寄せられた控訴人会社との取引に関する相談件数は合計111件にも上っていた。その中には、迷惑勧誘、断定的判断の提供、適合性原則違反、新規委託者保護義務違反、反復売買による手数料稼ぎといった違法な勧誘方法についての相談事例が多く含まれていた。

 

(ウ)控訴人会社に対する訴訟提起

ア)控訴人会社に対しては、平成元年頃から、全国各地で多数の訴訟が提起され、適合性原則違反(本件と同様に、委託者が借入金で取引をしていた事例を含む。)、特定売買など、従業員による違法行為を認め、委託者による損害賠償請求を認容する判決が数多く出されていた。

平成18年から20年にかけて一番訴訟の件数が多かった頃には、同時期に二十三、四件の訴訟が係属していた。

控訴人会社営業担当者は、これまでも繰り返し違法行為をしたとして、委託者から訴訟提起され、被告として何度も法廷に立って供述をしてきた。

控訴人会社役員は、平成7年頃に控訴人会社の管理本部長となってから、10年以上にわたり管理部の責任者をしてきたが、平成13年12月から平成14年9月までの間に行われた商品先物取引について、適合性原則違反の不法行為責任を負うとの判決を受けたことがあった。

 

エ 内部統制システム構築義務違反の有無

「控訴人会社が、長年にわたり顧客との間で多数の紛争を抱え、全国各地で多数の訴訟を提起され、本件と同様に委託者が借入金で取引を行った事例を含め、適合 性原則違反や特定売買などの違法行為を認める判決が数多く出されていたこと、控訴人会社が、行政当局等から、適合性原則違反や無敷・薄敷等を繰り返し指摘されて業務の改善を求められ、日本商品先物取引協会から過去3度にわたって過怠金を含めた制裁を受けていた上、平成20年12月には、本件取引の4か月半後に行われた立入検査等の結果に基づき、主務省から受託業務停止処分(14営業日)及び業務改善命令という極めて重い行政処分を受けるに至ったこと、上記行政処分の中で、控訴人会社における内部管理体制の抜本的な見直しと体制整備の必要性が指摘されたこと、控訴人会社では、取締役会及び経営会議を毎月開催するなどして改善策を協議するなどしていたが、その後も依然として顧客との間で多数の苦情、紛争、訴訟が発生し続けていたこと、このような状況であるにもかかわらず、控訴人会社で長年管理部の責任者をしてきた控訴人Y4が、判決の内容に不服がある場合には(原文ママ)、担当者に対してそれほどの指導はしていない旨、繰り返し被告として訴訟提起された従業員についても、起きている苦情につき当該従業員にそれほど非があるとは考えていない旨の供述をし、また、長年、控訴人会社の代表取締役を務めてきた控訴人Y1も、控訴人会社に組織的な欠陥はなく、上記の受託業務停止処分及び業務改善命令に対して納得のいかない部分があるなどと供述していること、控訴人Y7及び控訴人Y8が、これまでも繰り返し違法行為をしたとして委託者から訴訟提起をされてきたことなどの事情を総合すれば、前記の各種制度や諸施策の実効性は疑問であり、本件取引が行われた平成20年2月当時、控訴人Y1ら5名は、控訴人会社の従業員が適合性原則違反などの違法行為をして委託者に損害を与える可能性があることを十分に認識しながら、法令遵守のための従業員教育、懲戒制度の活用等の適切な措置を執ることなく、また、従業員による違法行為を抑止し、再発を防止するための実効的な方策や、会社法及び同法施行規則所定の内部統制システムを適切に整備、運営することを怠り、業務の執行又はその管理を重過失により懈怠したものというべきである。

そして、控訴人Y1らの上記職務懈怠と、本件取引における控訴人会社の従業員らの違法行為及び被控訴人が被った損害との間には相当因果関係があると認められる。

したがって、控訴人Y1ら5名は、被控訴人に対し、連帯して、会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負うものというべきである(同法430条)。

 

第3 検討

 1 営業担当者の不法行為についての、役員の共同不法行為責任

控訴審の判旨を前提とすれば、①控訴人会社の取締役会において、違法な取引の勧誘、受託を営業方針としたような事実が認められる場合、または、②担当従業員らの被控訴人に対する不法行為について、控訴人会社役員がこれを具体的に認識、認容していたと認める場合には、共同不法行為責任が認められる余地があると読むことができそうです。

 

 2 内部統制システム構築義務

本事案では、控訴人会社において、一定水準の内部統制システムの構築に向けた努力がなされていることを確認する一方で、監督官庁や、関係団体・裁判紛争の状況を踏まえ、悪意又は重過失により内部統制システム構築義務を怠ったことを認定しています。この点、本件は、控訴人会社の体制が相当に悪いため、内部統制システム構築義務違反についての悪意又は重過失が認められることについて異存はないもののここまでいかなければ、いわゆる第三者責任を認めるための悪意又は重過失が認められないのかには疑義があります。どの程度の事実関係が認められれば悪意又は重過失が認められるかどうかは、今後の裁判例を踏まえながら検討していきたいと思います。