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会社法裁判例2:親子会社の内部統制システム構築義務2

Q. 私はある銀行の純粋持株親会社の株主です。最近、当該子会社である銀行が反社との取引を行っていたことが原因で、金融庁から銀行が業務停止命令を受け、これにより、親会社の方にも営業損害や信用毀損などの損害が生じました。親会社の役員に任務懈怠があったのではないでしょうか?

A. 事実関係によって、「グループ全体として顧客の属性判断を行う体制を内部統制システムとして構築する義務,そしてこれが適正かつ円滑に運用されるように監視する義務」が親会社取締役に課されることがあります。もっとも、その構築・運用監視をどのように行うかは、当該グループ企業の運営方法含め、経営判断原則による部分が大きく、責任追及へのハードルは高いのが現状です。

紹介裁判例・参考論文

 ・東京地判令和2年2月27日金法2159号60頁

 ・中東正文「判批(東京地判令和2年2月27日金法2159号60頁)」『令和2年度重要判例解説』76-77頁

 

 

第1 問題の所在

前回に引き続き、グループ会社における内部統制システム構築義務に関する裁判例を検討します。どのような事実関係に基づき、どのような判断がなされているのか、確認していきたいと思います。

 

第2 東京地判令和2年10月13日ウェストロー・ジャパン

1 事案の概要

 本件は,株式会社みずほフィナンシャルグループ(以下「みずほFG」という。)の株主である原告及び原告共同訴訟参加人(以下「原告ら」という。)が,みずほFGの取締役であった被告らに対し,みずほFGの完全子会社である株式会社みずほ銀行(以下「みずほBK」という。)と株式会社オリエントコーポレーション(以下「オリコ」という。)との提携ローン(以下「本件キャプティブローン」という。)において,融資先に,みずほFGの内部の基準によれば反社会的勢力に該当する者が含まれていることを認識したにもかかわらず,みずほFGの取締役として,①新たに反社会的勢力との取引が発生することを防止するための体制を構築する義務及び②みずほBKに対し,認識した当該反社会的勢力との取引を解消するために具体的な措置を講じるよう求める義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったという善管注意義務違反によって,金融庁からなされた本件キャプティブローンの新規取引を停止する業務停止命令によりみずほBKが行った業務停止や信用毀損等の合計24億1419万3419円の損害を被ったなどと主張して,会社法423条1項,847条3項に基づき,被告らに対し,連帯して,みずほFGに同損害に相当する額の損害賠償及びこれに対する請求後の平成28年10月12日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 

 2 裁判所の事実認定

⑴ 当事者の関係

   ア 原告らは,いずれも,平成25年12月27日以降,継続してみずほFGの一単元以上の株式を有する株主である。

   イ 被告らは,いずれもみずほFG及びみずほBKにおいて取締役等を務めたものである。

ウ みずほFGは,銀行法により子会社とすることができる会社等の経営管理及びこれに附帯する業務を目的として平成15年1月8日設立された銀行持株会社である(以下,みずほFG及びその子会社を含む企業グループを「みずほグループ」という。)。本件当時,みずほグループには,主要なグループ会社だけでも10社前後,グループ全体では100社を超えるグループ会社があった。(甲45,乙59,被告Y4)

エ みずほBKは,いわゆる日本三大メガバンクの一つである。みずほBKについては,平成14年,当時の株式会社みずほホールディングス傘下の株式会社第一勧業銀行,株式会社富士銀行,株式会社日本興業銀行が会社分割及び合併することにより株式会社みずほ銀行が成立し,平成25年7月1日,同銀行を吸収合併消滅会社,株式会社みずほコーポレート銀行(以下「みずほCB」という。)を吸収合併存続会社として吸収合併が行われ,合併後の商号を「株式会社みずほ銀行」に変更した。みずほBKは,みずほFGの完全子会社である。

 

⑵ 被告グループにおける反社会的勢力の該当性に係るチェック体制

    みずほグループにおいては,みずほFGとの取引にふさわしくない者を排除し,また,トラブルの発生を未然に防ぐことを目的として,総会屋や暴力団構成員等のいわゆる「反社会的勢力」よりも広範な概念として,反社会的勢力に加え,金融犯罪者等を含む「不芳属性先」という枠組みを設定し,新聞,雑誌等から得られる外部情報又は営業部店等から提供される内部情報を収集して,不芳属性先の情報を登録したデータベース(以下「みずほFGデータベース」という。)を構築していた。みずほFGデータベースの管理や情報収集は,みずほFGのコンプライアンス統括部が担当していた(なお,みずほFGにおける同部の名称は,みずほFG内の組織変更に伴い,平成16年2月22日までは「コンプライアンス統括部」,同月23日から平成24年3月31日までは「法務・コンプライアンス統括部」,同年4月1日以降「コンプライアンス統括部」と変更されているところ,以下では単に「コンプライアンス統括部」という。)。

みずほBKにおいては,新規取引を行う場合,対象先について,みずほFGデータベースを用いて反社会的勢力該当性の確認(チェック)を行うこととされており(このような取引開始時の確認を,以下「入口チェック」という。),取引開始後も,継続的に,取引の相手方が反社会的勢力に該当するか否かの確認を行い(このような取引開始後の継続的確認を,以下,「事後チェック」といい,入口チェックと事後チェックを総称して「属性チェック」という。),取引の相手方(顧客)が新たに反社会的勢力と認定された場合には,当該顧客をみずほFGデータベースに登録し,「反社認定先」として管理を行うとともに,取引の規模を可能な限り縮小し,最終的には解消する方針で対応することとしていた。

 

⑶ 本件キャプティブローンの概要

本件キャプティブローンは,平成9年3月,みずほBKの前身である株式会社第一勧業銀行において取扱いが開始され,平成16年にオリコとみずほグループが包括業務提携をした後も継続されたものであり,割賦販売法上の個別信用購入あっせんのうち,①購入者(顧客),②販売業者(加盟店),③クレジット業者(信販会社)及び④金融機関が取引に関わる4者提携ローンである。本件キャプティブローンの取引の仕組み及び取引の流れの概要は,別紙取引図記載のとおりである。本件キャプティブローンは,例えば,顧客が自動車ディーラーや家電量販店等から自動車やテレビ等を購入したり,住宅のリフォームをしたりする際などに利用されることなどから,銀行による融資金の使途は,具体的な商品の購入代金やサービス代金の支払に限定されることとなるものである。そして,オリコは,販売業者から審査の依頼を受け,自身が有する反社会的勢力等の情報を登録したデータベースを用いて反社会的勢力該当性の確認を行い,当該確認を通過した顧客について代金決済を実行していた。しかし,同データベースには随時,反社会的勢力等の情報が追加されることから,本件キャプティブローンの契約締結時に,本来ならば反社会的勢力に該当し,契約締結を拒絶すべき者であるにもかかわらず,これを見過ごしてしまったり,あるいは,本件キャプティブローンの契約締結時は反社会的勢力に該当しなかった顧客であっても,事後的に反社会的勢力に該当するようになったりするなど,本件キャプティブローンの顧客に反社会的勢力に該当する者が入り込む余地があった。

 

⑷ 本件キャプティブローンに関する金融庁による検査及び業務改善命令等の経緯

ア 平成24年度の金融検査

金融庁は,平成24年12月7日から平成25年3月4日にかけて,みずほBKに対する平成24年度の金融検査(以下「本件検査」という。)を実施し,金融庁の検査担当官は,みずほBKの担当者であったAに対し,本件キャプティブローンに係る反社会的勢力との取引の管理体制の実情等について質問した。みずほBKの担当者は,金融庁の検査担当官に対し,本件キャプティブローンの事後チェックの結果は,担当役員への報告にとどまり,取締役会又はコンプライアンス委員会には報告していないと回答したが,これは事実と異なるものであった。

 

イ みずほBKに対する業務改善命令

金融庁長官は,本件キャプティブローンにおいて多数の反社会的勢力との取引が存在することを把握してから2年以上も取引の防止・解消のための抜本的な対応がとられず,反社会的勢力との取引が多数存在するという情報も担当役員止まりとなっていること等について,経営管理態勢,内部管理態勢,法令等遵守態勢に重大な問題点が認められると判断して,平成25年9月27日付けで,みずほBKに対し,反社会的勢力と決別し,健全かつ適切な業務運営を確保するための法令等遵守態勢及び経営管理態勢の見直し及び充実強化すること等を内容とする業務改善命令を発出した。みずほBKは,同日,上記業務改善命令を受けた旨を公表した。

その後,みずほBKは,上記業務改善命令に基づき,業務改善計画を作成し,同年10月28日,金融庁に対してこれを提出した。なお,みずほBKは,オリコによる本件キャプティブローンに関する調査結果を検証するため,検証委員会を設置したところ,同検証委員会は,同年12月27日付けで,オリコによる反社会的勢力排除の体制は十分であったなどとする報告書を提出した。

 

ウ みずほFGに対する業務改善命令等

その後,金融庁長官は,みずほBKの経営陣が,本件検査における指摘以降も,前記業務改善命令を受けるまでの間,本件キャプティブローンに関する問題の重大性を認識することなく,組織的な課題の引継ぎ等ガバナンスを含めた根本的な問題の洗い出しを行っていなかったことや,本件検査における報告において前提となる事実を誤って回答していること等の重大な問題点が認められるとして,平成25年12月26日付けで,みずほBKに対し一定期間本件キャプティブローンの新規取引を停止する業務停止命令や,業務の健全かつ適切な運営を確保するため業務改善計画を提出すること等を内容とする業務改善命令を発出した。また,金融庁長官は,みずほFGの取締役会には,反社取引排除というグループ一体となって取り組むべき課題に対して,子会社の各部任せにするなど,適切なグループ経営管理機能を発揮していなかったことなどの重大な問題点が認められるとして,同日付けで,みずほFGに対し,銀行持株会社の子会社である銀行の業務の健全かつ適切な運営を確保するための態勢の強化や業務改善計画の提出等を内容とする業務改善命令を発出した。みずほBK及びみずほFGは,同日,金融庁から上記業務改善命令等を受けた旨を公表した。

その後,みずほFGは,上記業務改善命令に基づき,業務改善計画を作成し,平成26年1月17日,金融庁に対してこれを提出した。

 

 3 裁判所の判断(被告らの善管注意義務等違反の有無について)

⑴ 原告の主張

原告らは,本件キャプティブローンに関し,被告らにみずほFGの取締役としての善管注意義務等違反が認められるとし,具体的には,反社会的勢力との取引防止のための体制構築義務違反(任務懈怠①)と,具体的取引の解消義務違反(任務懈怠②)がある旨主張する。

そこで,被告らについて,本件キャプティブローンに関し,みずほFGの取締役としてのどのような善管注意義務等を負うか,検討する。

 

⑵ 被告らが負っていた内部統制システム構築義務の内容

ア 前記認定事実によれば,政府等においては,平成19年6月に反社会的勢力との関係排除に関する政府指針が定められ,国を挙げて反社会的勢力に対抗する姿勢が示されることになり,その後,全国で,暴力団排除条例が制定,施行されている(認定事実(1))。平成19年から平成21年にかけて,みずほFGらの監督官庁である金融庁が,金融検査マニュアル及び監督指針の改正並びに金融コングロマリット指針を公表している(認定事実(2))。さらに,銀行業界としても,全国銀行協会は,平成17年に反社会的勢力と対決する旨の行動憲章を策定し,それ以降,銀行取引約定書や普通預金勘定規定等に盛り込む暴力団排除条項の参考例を取りまとめ,公表するなどし,みずほBKを含む日本三大メガバンクも,融資取引に暴力団排除条項を導入するなどしている(認定事実(3))。そうすると,被告らの義務違反の有無が問題となる平成22年から平成23年当時,本件キャプティブローンを含む銀行取引において,暴力団との取引を排除する取組を行うことが社会的に要請されていたということができる。

イ また,改正前銀行法52条の21第1項は,「銀行持株会社は,その子会社である銀行…(中略)…の経営管理を行うこと並びにこれに附帯する業務のほか,他の業務を営むことができない。」と,同条の21第2項は,「銀行持株会社は,その業務を営むに当たっては,その子会社である銀行の業務の健全かつ適切な運営の確保に努めなければならない。」とそれぞれ定め,同条の21の2第1項は,「銀行持株会社は,その子会社である銀行…(中略)…が行う取引に伴い,当該銀行持株会社の子会社である銀行…(中略)…が行う業務…(中略)…に係る顧客の利益が不当に害されることのないよう,内閣府令で定めるところにより,当該業務に関する情報を適正に管理し,かつ,当該業務の実施状況を適切に監視するための体制の整備その他必要な措置を講じなければならない。」と定めている。こうした規定に鑑みれば,改正前銀行法上,銀行持株会社について,子会社である銀行の具体的な業務の経営管理は法律上の義務として定められておらず,銀行持株会社が行うべき経営管理の内容は,子会社である銀行の株主としての権利行使を通じて,子会社である銀行の業務について基本方針を定めることや,同銀行の取締役を選任すること,上記の基本方針が遵守されているかを監督し,必要に応じ是正を求めるというような経営管理業務が想定されていたということができる。

ウ そうすると,銀行持株会社であるみずほFGの取締役である被告らは,本件キャプティブローンが反社会的勢力に対する融資になりかねないという点で問題となり,みずほBKからみずほFGのコンプライアンス委員会に報告されて被告らが認識した平成22年から平成23年当時,反社会的勢力に対してグループの組織全体で対応することができるよう,倫理規定や社内規則等の規程を制定するとともに,専門の部署を設置するなどして反社会的勢力に対し一元的に対応する組織体制を整備し,反社会的勢力からの被害を防止するために,みずほグループ全体として顧客の属性判断を行う体制を内部統制システムとして構築する義務,そしてこれが適正かつ円滑に運用されるように監視する義務を負っていたといえる。具体的には,みずほFGにおいて子会社の業務に関して反社会的勢力への対応に関する基本方針を定め,この基本方針が遵守されているかを監督し,必要に応じて是正を求めることをみずほFGの取締役会で決議するなどの義務を負っていたというべきである。そして,具体的な反社会的勢力排除の方法は種々考えられるため,このような組織体制の整備に当たっては,取締役の判断に一定の裁量が認められるべきである。

そして,みずほFGの取締役として被告らは,こうした体制を構築し,同体制が適正かつ円滑に運用されるように監視し,あるいは子会社の株主としてみずほFGが適切に権利行使するようにさせることによって上記の義務を履行するものであり,子会社の業務において上記のグループとしての内部統制システムの円滑な運用に支障を来すような事情が見受けられないにもかかわらず,子会社である銀行に対して具体的な業務を直接指導するなどの義務を負うことはないというべきである。

エ この点,甲43号証(465頁)には,前記の改正前銀行法の規定は,銀行持株会社の場合,業務やリスク管理等に関して,子会社についてあたかも銀行の一内部部門であるかのように銀行持株会社がコントロールすることを求めているとし,銀行持株会社は,グループ全体につき一般の事業会社と比較すればより慎重なリスク管理等が求められること,金融コングロマリット監督指針は,銀行法52条の21を具体化したといえる限りでは,銀行持株会社に対する取締役の会社法上の義務をも示す意義を有していること,同条文も,取締役の法令順守義務(会社法355条)を介して,取締役の任務懈怠責任の根拠になると考えられることとする学者の見解があることが認められる。

もっとも,前記のとおり,改正前銀行法の規定も,銀行持株会社について子会社である銀行の経営管理を法律上の義務として定めるものではなく,その内容としても,子会社である銀行の業務について一般的な方向付けを行い,これを監督するという抽象的な経営管理業務が想定されていたといえる。つまり,改正前銀行法は,銀行持株会社に対して,一般的に,子会社である銀行の個別の取引関係等について具体的に指揮命令を行うなどのことまでを求めるものではなかったというべきである。

また,金融庁が公表した金融コングロマリット監督指針(認定事実(2))も,コンプライアンス体制の整備における監督上の着眼点を示すにすぎず,具体的な反社会的勢力の排除の取組については,取引を行う金融機関に一定の裁量の余地を認めており,同監督指針をもってしても,銀行持株会社による子会社銀行への具体的な指揮命令が根拠付けられるものでもない。

加えて,乙56号証(5頁)によれば,平成28年銀行法改正に当たって作成された金融審議会(金融グループを巡る制度のあり方に関するワーキング・グループ)の報告書においては,金融グループの経営管理のあり方を考えるに当たっては,会社法銀行法による規制等との関係で,銀行持株会社は,子会社である銀行の株主としての権限を有するが,同銀行の取締役等に対し,具体的に指揮命令する権限を有しておらず,このため銀行持株会社が子会社である銀行に対して指揮命令を行い得ることを制度的に担保する必要性は指摘されたものの,金融グループについてのみ通常の事業会社と異なる規律を及ぼすだけの特別なニーズがあるかという点,銀行持株会社と子会社である銀行とは法人格を異にすること,同銀行の少数株主や債権者が存在すること,一定の部分に特則を設けた場合に会社法の体系全体との間で整合性を確保できるかといった点から,引き続き検討することが適当であるとされたことが認められる。

そうすると,前記の学者の見解は,平成28年銀行法改正時の金融審議会における検討でも採用されてはいない。同見解があるからといって,本件当時において,被告らが,銀行持株会社であるみずほFGの取締役として,子会社である銀行の業務やリスク管理等に関して,あたかも銀行の一内部部門であるかのように銀行持株会社がコントロールすることが銀行法上求められており,銀行持株会社の取締役もそのような会社法上の義務を負っていると解することはできない。

上記の点に加え,みずほFGがみずほBKとの間で締結したグループ経営管理契約の内容(認定事実(4)ア)にも鑑みれば,みずほFGの取締役である被告らが負う義務は,みずほFGにおいて子会社の業務に関して基本方針等を定め,この基本方針等が遵守されているかを監督し,必要に応じて是正を求めることをみずほFGの取締役会で決議するなどのものであったというべきである。

⑶ 被告らが負っていた内部統制システム構築義務の履行状況

ア その上で,被告らが,みずほFGにおいて内部統制システムとして子会社の業務に関する基本方針等を定める義務に違反したか否かを検討する。

本件におけるみずほFGでのみずほグループの反社会的勢力対策の管理状況についてみるに,まず,子会社のコンプライアンス管理業務に関する基本方針を定める点については,前記認定事実によれば,みずほFGは,コンプライアンス統括部やコンプライアンス委員会といった組織を整備し,グループ経営管理規程を設けてみずほグループに属する各社について管理区分に応じた経営管理を行い,コンプライアンス管理に関する基本方針を策定していた。また,みずほFGは,みずほBKとグループ経営管理契約を締結し,みずほBKからコンプライアンス管理上必要な事項について定期的又は随時報告を受け,必要に応じて事前に承認を得ることとしており,こうしたグループ管理体制は当時の他のいわゆるメガバンクにおけるものと概ね同様であった。そして,みずほBKにおいても,同様のコンプライアンス管理体制がとられていた。さらに,みずほFGは,平成12年,反社会的勢力との関係の遮断をコンプライアンス管理の一環とすること等を内容とする企業行動規範を策定し,平成15年3月,みずほグループにおいてコンプライアンス遵守を図るための基本的な事項を定めた基本方針やマニュアル等を策定した(なお,みずほBKにおいても同様に基本方針等が策定されていた。)。その後,みずほFGは,基本方針細則等を改定し,みずほBKを重点管理会社に分類し,みずほFGやその子会社が定める反社会的勢力との取引排除推進体制を整備することとし,みずほFGが求めた場合又は定期的に,同社に対し,傘下の会社を含めた反社会的勢力との取引に係る報告を行うこととしていた。

以上によれば,みずほグループとしての反社会的勢力防止のための内部統制システムの構築は相当なものであり,被告らが同構築義務に違反するところはないというべきである。

イ(ア)次に,被告らは,前記のとおり,銀行持株会社の取締役として,子会社であるみずほBKにおいて反社会的勢力への対応を含むコンプライアンス管理に関する基本方針が遵守されているかを監督し,必要に応じて是正を求めることをみずほFGの取締役会で決議するなどの義務も負っていたといえる。そこで,このような監督・是正が適正に行われていたか,監督・是正が必要となる問題状況が生じていたかについて検討する。

(イ)まず,本件キャプティブローンについては,前記認定事実によれば,もともと資金使途が具体的な商品又は役務の対価に限定されるものであり,反社会的勢力との取引によって弊害が生じるリスクが小さく,概ね2年半から3年程度の期間で取引が解消されるものが多いという特徴を有していた。平成21年4月頃に実施された本件サンプルテストにおいても,本件キャプティブローン3000件について2件(割合は0.07%)の取引が不芳属性先かつ反社会的勢力との取引に該当するとの結果を得たにとどまっていた。さらに,平成22年9月から12月にかけて実施された第1回事後チェックの結果でも,本件キャプティブローンに係る取引約108万件のうち,不芳属性先との取引は699件(割合は0.06%),うち反社会的勢力との取引は228件(割合は0.02%)にとどまり,同228件のうち,総会屋,暴力団構成員等の第1グループとの取引の割合は,一般与信取引におけるものよりも高かったものの,0.02%という割合については,みずほBKの一般与信取引における割合0.01%と比較して,あまり差のないものであった。そして,同228件の取引については,翌年の平成23年3月末日までに109件の取引が解消している。その後も,みずほBKにおいては第2回から第6回までの事後チェックが行われたが,不芳属性先や反社会的勢力との取引の件数や,これが本件キャプティブローンに係る取引全体に占める割合に大きな変化は見られず,反社会的勢力との取引と認定された取引も後に順次解消されている。そうすると,本件キャプティブローンにおける反社会的勢力との取引数やその割合は,みずほFGにおいて構築した内部統制システムを直ちに是正しなければならいような状況にあったとまではいうことができない。

(ウ)さらに,みずほFG及びみずほBKにおける本件キャプティブローンの検討状況については,前記認定事実によれば,みずほFG及びみずほBKは,本件キャプティブローンについて,オリコと包括業務提携契約を締結する平成16年7月の前後から,弁護士に意見照会をするなどして,属性チェックの必要性を検討し,一旦は属性チェックを行わないこととした。しかし,平成22年9月にオリコが関連会社化されるに当たって,みずほFGは属性チェックの必要性があるものと整理し,みずほBKも,平成21年4月頃,本件サンプルテストを実施した。そして,みずほFG及びみずほBKは,平成22年10月以降,みずほFGデータベースを利用した不芳属性先対応として,本件キャプティブローンの事後チェックを開始し,以後段階的に領域を拡大することとし,オリコの反社会的勢力排除体制を確認した。また,みずほBKは,同年9月から12月にかけて第1回事後チェックを行い,みずほBKやみずほFGのコンプライアンス委員会や取締役会に報告した。もっとも,平成22年9月にオリコがみずほグループの関連会社となった後,オリコが,事後チェックの結果で不芳属性先に該当した取引をオリコのデータベースに反映させて入口チェックで活用することに強い難色を示したため,みずほBKは,オリコに対し,事後チェックの結果で反社会勢力に該当することが判明した取引のみを情報提供することとした。その後,平成23年3月11日には東日本大震災が発生し,その直後から,みずほBKの事後チェック担当部署が震災関連業務に忙殺されることになり,同年6月以降に行われた第2回事後チェックの結果は,みずほBKやみずほFGのコンプライアンス委員会や取締役会に簡略に報告されたに止まった。そして,第3回から第6回までの事後チェックの結果については,第1回及び第2回の事後チェックに比して,不芳属性先や反社会的勢力との取引数やこれが本件キャプティブローンの取引数全体に占める割合に大きな変化はなく,反社会的勢力と認定された取引も,順次解消されていたことから,みずほFG及びみずほBKのコンプライアンス委員会や取締役会に報告されなくなった。

(エ)そこで検討するに,以上のような経緯に鑑みれば,みずほFG及びみずほBKは,属性チェックの必要性について検討し,オリコとの間でも関連会社化の前後において,属性チェックの実施に向けた交渉を行っていたといえる。もっとも,みずほFGのコンプライアンス委員会や取締役会における第1回及び第2回の事後チェックの結果の報告は簡略なものにとどまっており,第3回以降の事後チェックについては報告さえされていない。しかし,先に認定説示したように,属性チェックの結果によれば,本件キャプティブローンにおける反社会的勢力との取引の割合は,みずほBKの一般与信取引における割合に比してあまり差がないものであった。そして,反社会的勢力との取引であるとされたもののうちでも実際に取引先が反社会的勢力であると警察に確認されるものはわずかである。また,取引先が事後的に反社会的勢力になることもある。そして,みずほグループには多数のグループ会社が存在し,これらの委員会や取締役会の開催時間が1時間弱程度と限られており,報告事項が多岐にわたっていて,コンプライアンス委員会関係では5分程度しか時間を割かれなかった。さらには,本件当時はまだ社会的にも反社会的勢力の排除が大きな潮流となりかける時期であり,過去の対応事例や他のメガバンクの参考事例もなかった。これらを総合的に考慮すれば,被告らにおいて,みずほFGないしみずほグループにおける反社会的勢力防止のための内部統制システムに支障が生じていたとはせず,監視・是正を行わなかったことについて,その判断に裁量違反はなく,本件全証拠を精査しても,監督・是正が必要となる特段の事情があったと認めるに足りる証拠はない。

ウ 以上によれば,被告らには,みずほFGの取締役として,本件キャプティブローンに関し,善管注意義務違反は認められないといわざるを得ない。

 

⑷ 具体的取引の解消義務違反(任務懈怠②)の有無

銀行持株会社のみずほFGの取締役である被告らに求められる体制構築義務,監視・是正義務に加え,前記認定の本件経緯にも鑑みれば,被告らにおいて,子会社であるみずほBKに対し,本件キャプティブローンにおける反社会的勢力との取引に関して,具体的な取引解消のための措置,つまり,保証債務履行請求を行い,代位弁済をさせることをみずほFGの取締役会で決議する義務を負担していたとまで認めることはできない。

もちろん,前記認定事実によれば,みずほBKは,金融庁の検査官から指摘されたことを踏まえ,業務改善命令の後,直ちにオリコに対して保証債務履行請求を行い,平成25年4月までに本件キャプティブローンにおける反社会的勢力との取引を解消しており,このような措置を取ることも不可能であったというわけではない。しかし,グループ内で代位弁済を行ったとしても,グループ全体でみれば,反社会的勢力排除の抜本的解決につながらない。その上,前記認定の経緯にも鑑みれば,上記のような保証債務履行請求が手段として可能であったからといって,このことから被告らがみずほFGの取締役としての義務に違反したということもできない。やはり上記判断は左右されない。

よって,原告らの任務懈怠②に関する上記主張も,採用することができない。

 

第3 検討

 1 銀行持株会社がグループ全体の内部統制システム構築義務を負っていること

本判決は、内部統制システム構築義務が問題となった当時、反社会的勢力との取引防止に対する行政機関等の対応状況・方針や、当時の銀行法の定めを踏まえ、「銀行持株会社であるみずほFGの取締役である被告らは,本件キャプティブローンが反社会的勢力に対する融資になりかねないという点で問題となり,みずほBKからみずほFGのコンプライアンス委員会に報告されて被告らが認識した平成22年から平成23年当時,反社会的勢力に対してグループの組織全体で対応することができるよう,倫理規定や社内規則等の規程を制定するとともに,専門の部署を設置するなどして反社会的勢力に対し一元的に対応する組織体制を整備し,反社会的勢力からの被害を防止するために,みずほグループ全体として顧客の属性判断を行う体制を内部統制システムとして構築する義務,そしてこれが適正かつ円滑に運用されるように監視する義務を負っていたといえる。具体的には,みずほFGにおいて子会社の業務に関して反社会的勢力への対応に関する基本方針を定め,この基本方針が遵守されているかを監督し,必要に応じて是正を求めることをみずほFGの取締役会で決議するなどの義務を負っていたというべきである。そして,具体的な反社会的勢力排除の方法は種々考えられるため,このような組織体制の整備に当たっては,取締役の判断に一定の裁量が認められるべきである。」として、その詳細については経営判断原則に委ながら、完全親会社のグループ全体についての内部統制システム構築義務を認めているます。そのため、内部統制システム構築義務を論じる上では、問題となった時点における世間の状況や、政府の取組状況・方針、法律の規定を踏まえることが重要となります。この点、「当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正」を確保するための体制の整備を、従来は会社法施行規則で定めていましたが、平成26年会社法改正により会社法においても規定されることとなりました(会社法第362条4項6号)。同項は、あくまで取締役会の決定事項に関する規定にとどまりますが、一般に取締役の善管注意義務の一内容として、内部統制システム構築義務が認められていることを踏まえると、子会社を含めた組織管理についても善管注意義務の内容を考慮する際の有利な事情として考慮しうると考えられます。

 

 2 内部統制システム構築義務の内容について

   本判決は、上記1の義務を認めることとの対比で、「みずほFGの取締役として被告らは,こうした体制を構築し,同体制が適正かつ円滑に運用されるように監視し,あるいは子会社の株主としてみずほFGが適切に権利行使するようにさせることによって上記の義務を履行するものであり,子会社の業務において上記のグループとしての内部統制システムの円滑な運用に支障を来すような事情が見受けられないにもかかわらず,子会社である銀行に対して具体的な業務を直接指導するなどの義務を負うことはないというべきである。」と述べています。この点については、「グループとしての内部統制システムの円滑な運用に支障を来すような事情」が見当たる場合には、本件とは異なる基準を立てる余地があることを留保するものと理解できます。

また、別の個所では、「本件当時において,被告らが,銀行持株会社であるみずほFGの取締役として,子会社である銀行の業務やリスク管理等に関して,あたかも銀行の一内部部門であるかのように銀行持株会社がコントロールすることが銀行法上求められており,銀行持株会社の取締役もそのような会社法上の義務を負っていると解することはできない。」とも判旨しています。この点、経済産業省が令和元年6月28日に公表した「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(グループガイドライン)の「4 内部統制システムの在り方」には、各社の経営方針や各子会社の体制等に応じて、監視・監督型(子会社ごとの体制整備・運用を基本とする)や、一体運用型(子会社も親会社の社内部門と同様に扱う)の選択や組み合わせがあり得ることが示唆されています。この分類との比較でいえば、本件は、監視・監督型の純粋持株会社に関する判決であると位置づけられるため、「一体運用型」と評価されるような事案があらわれた場合には、本判決と別の結論に至る可能性もあるように思われます。

   

 

以上のように、内部統制システム構築義務は、まだまだ議論の尽きない分野であるため、今後の動向には注意が必要そうです。